お知らせ・コラム
レンズの中のゴーストの話
萌学舎の2年生で使っている国語のテキストに面白い話がでてきます。動物行動学者の日高敏隆さんの文章で、小学生にアリのスケッチをさせる話です。
まず子供たちは何も見ずに想像でアリを描かされます。ほとんどの子供は人間の手足のような4本足のアリを描きます。次に実物のアリを見ながらそれを描くよう指示されます。ところが、多くの子供は相変わらず先ほどのように足の数を4本のままで描いた、そんな話です。
日高さんは、これを「イリュージョン」と呼んでいます。「実物が、自分の思っているように見えてしまう」というのです。子供たちは、たぶん絵本やアニメなどで見たアリの姿をそのまま描いたのでしょう。ほほえましい話ですね。

カメラで写真を撮ると「ゴースト」という現象が発生することがあります。左の画像では、太陽から右下方向にむかって玉のような模様が現れていますが、これがゴーストです。ゴーストは光がレンズの境界面で反射することによって起きる現象で、肉眼では見ることができません。
このゴーストが「実物」ではないというのは納得できる話だと思います。それでは、この画像の「太陽から伸びている光線」も、実は肉眼では見ることができないと言われたらどうでしょうか。
例えば、この画像では登山者の背後に光が入りこんでいますが、これはレンズフレアという現象で肉眼では見えません。光は何かに干渉しないと見えないものであり、この場合、その「何か」がレンズなんですね。同様に、太陽から放射状に伸びている光線(光条といいます)もすべてレンズの効果です。ちなみに、光条の本数はレンズの種類によって変化します。
ゴーストはともかくとして、レンズフレアや光条については「現実でもそう見える」と考えている人がけっこう多いのではないかと思います。我々はカメラで撮影された世界をあまりに見慣れてしまったために、むしろレンズごしの世界を「リアルだ」と感じるようになっているのです。
そのため、現実を模倣した創作物でも「リアリティ」を出すためにこのようなレンズ効果が使われるようになりました。『君の名は』の新海誠監督の映像にはレンズフレアが多用されます。ちなみに、さっきの登山の画像もAI生成による創作物です。
この「加工されたものをむしろ『自然』に感じる」という事例は、現代社会ではあちこちで見られます。
例えば、私たちが食べている食物はほとんどすべて品種改良されたものです。スイカは5000年前の遺跡から種子が発見されるほど古い果物ですが、野生のスイカは苦味が強く、皮も硬く、現代の一般に食用とされるスイカとは全然違うものだそうです。
我々が「スイカ」と聞いて想像する甘くて果実たっぷりの果物は、数千年にわたる品種改良の結果できあがったもので、ほとんど人工物、なんなら工業製品と言ってもおかしくないレベルのものです。それを「自然の恵み」「本来の自然」として認識することは、私たちのいろいろな判断を狂わせている可能性があります。

冒頭の日高敏隆さんの言葉に戻ると、私たちは現実が「自分の思っているように見えてしまう」わけですが、それは実はほとんどの場合「誰かによって加工された形の世界」です。そして、それは子供のときから既にそうであり、「何も知識がなければ先入観なしに、ありのままの世界を見ることができる」という考えは幻想です。
私が「人は勉強したほうがいい」と考える理由の一つは、この「気づいたら自分を縛っている、誰かによって作られた鎖」から少しでも自由になるためです。それが結果として別の鎖によって自分を縛ることになるのだとしても、他人に縛られるよりは千倍マシだと思います。
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