お知らせ・コラム
好きなことで生きていくには (後編)
前回に続き「好きなことをして生きていく」ことについて書いていきます。
前回書いたのは、
- これから価値観が激変する時代が来ること。
- そういう時代には他人に左右されない「自分が好きかどうか」が大事になること。
- 好きなことを見つけるには選択肢を広げることが大切なこと。
- 学校の勉強はその有力な手段であること
でした。
ただ私は、この「好きなことをして生きていく」という戦略には一つ重大な問題点があると考えています。それは、人間は自分が何が好きか分からないという問題です。
例として「野球が好き」な子どもを考えましょう。
試合になると見るからにいきいきし、休日はいつも友人と野球の練習。勉強は大嫌いです。
誰がどう見てもこの子は「野球が好き」です。
では、この子はプロ野球の選手を目指すのが正しいのでしょうか。
ここで、この子が本当に好きなのは実は野球ではなく「友だちと力を合わせて一つの目標にむかってがんばること」だったとしたらどうでしょうか。
プロを目指す高校生は1日1000スイングとかするわけですが、じゃあ、この子が一人でもくもくとバットを振って幸せになるのか?
むしろ、大企業で仲間と大きなプロジェクトを成功させるとか、そういう人生のほうが向いているかもしれません。
つまり「○○が好き」というとき、本人がその○○を通じて「何を体験しているか」が問題なのです。これは本人でさえよく分かっていないのではないでしょうか。
俵万智の歌に「君と食む三百円のあなごずし そのおいしさを恋とこそ知れ」があります。ちなみに、私の好きな短歌ランキング55位(約200首中)の歌です。
「三百円のあなごずし」というのはスーパーの安いパック寿司です。でもなぜか今日はそれがおいしい。どうしてだろうって思って、そこで初めて作者は自分の気持ちに気づきます。ああそうか、私はこの人が好きなんだ。人を好きになるってこういうことなんだ。「こそ知れ」は「係り結び」で、命令ではなく強調表現です。
人間は自分が好きなものの正体が簡単に分からないのです。
これは「好きなことをして生きていく」という人生戦略においては致命的な問題です。
さて、どうしましょう。
私はスティーブ・ジョブズの有名なエピソードにそのヒントがあると思います。
ジョブズはせっかく入学した大学を半年で中退しますが、その後も大学に残って興味のある授業に「もぐり」で顔を出す生活を続けます。その授業の一つがカリグラフィー(西洋書道)でした。ジョブズは書字のもつ美しさに魅了されますが、その勉強はその時点ではなんの実用性ももっていませんでした。

しかし、この授業はのちにアップルを起業したときに活かされます。マックコンピュータの美しい画面デザインに、カリグラフィーで培った感性が活かされたのです。
ジョブズはこの体験を“Connecting the dots”(点がつながった)と表現しました。
そして、ジョブズは、点をつなぐことは未来に向かって行うことはできず、過去をふり返ってつなぐしかないと指摘します。
私も同じように思います。自分が好きなものは何かを知るためには、好きだと感じることをいっぱい経験し、あとでふり返ってその共通点を探すしかないのです。
ニュートンは自分を「砂浜で貝殻を拾っている子ども」にたとえました。目の前の貝を夢中で追いかけて、ふと後ろをふり返ると、遠まわりしていたはずの自分の足跡が一本の道になっている。
「好きなこと」を見つけるというのはそういうことです。
ですから「自分は何が好きか」は、むしろ大人になってからでないと分からないのです。逆に子どものうちは、自分の好きなものはこうだと決めつけず、とにかくいろいろなことをしたほうがいいと思います。
点を未来にむかってつなぐことはできません。本は手当たりしだいに乱読したほうがいいし、出されたご飯は味わって全部食べましょう。
そしてやりたいことがようやく見つかったときに、その好きなことで生きていくことができるように、今は人生の選択肢を広げましょう。
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