朝霞・志木・新座に地域密着 学習塾の萌学舎|小学生・中学生対象。高校受験を責任指導します

講師紹介

萌学舎の講師を紹介します。専任・正社員のプロ講師が「楽しく、厳しく、根気よく!」毎日夜22:45まで面倒を見ます。

角 一路 Sumi Kazumichi

プロフィール

<出身地>
埼玉県新座市出身
<出身校>
新座市立新座第四中学校
→ 県立朝霞高校
→ 東京大学理学部卒

講師の言葉

「あんたはやれば出来るのよ」。

それは私の母の口癖で、年々成績の低下する通信簿を見ても、やさしくそう言ってくれたのを思い出します。能天気だった小学生の私は、この言葉に包まれて育ちました。しかし、中学生になると、この言葉は逆の意味に感じられ始めました。

「やらないから出来ない」。

当時の私は勉強に興味を失っていました。高校進学後も、部活に熱中した私の成績は下がり続けました。ところが、高校三年のある日。私はふと、この言葉を思い出します。そして憑かれたように勉強を始め、一年後、第一志望の大学に合格しました。「やれば出来る」。その言葉は18年かけて、ようやく母から私に伝わったのです。その後、アルバイトで塾講師の経験を重ねるうちに、この言葉を、今度は自分の手で誰かに伝えられることに気付き、今の仕事を選びました。技術的にはまだまだ未熟ですが、自分の信じるものを一人でも多くの生徒に伝えたいと思っています。

過去の講師からのメッセージ

萌学舎が今までに配布した折り込みチラシに掲載した講師の言葉を載せています。

2016年3月

人工知能やロボットの発達により、今ある職業の大半が消えてしまうと言われています。
では、遠い未来において「人類最後の仕事」は何か?これは面白い問題です。
私は「塾教師」がその答えの有力候補だと、けっこう本気で思っています。機械がいかに進歩しても、根本のところで人間を理解し、人格に深くかかわれるのは、やはり最後まで人間ではないでしょうか。
情報技術の進歩は教育の形も大きく変えるでしょう。そのとき、一方的に知識を伝達するのではなく、生徒の心にはたらきかけることができる人間でありたいと思っています。

2016年1月

「ぼくがテレビゲームから学んだこと。それは、目の前に敵がいるとき、そこは正しい道であるということだ」
私の好きな言葉の一つです。勉強も同じです。逃げまわっているだけでレベルアップはできません。私たちの仕事は、生徒たちの冒険の舞台をデザインすること。ゴールを示し、ルールを教え、生徒を励ます。大切なことは気持ちをつくること。受験なんか、長い人生から見たら序盤のザコ敵です。その先に続くたくさんの冒険のことも、教室で話してやりたいと思います。

2015年3月

人間の操作が必要ない「自動運転車」の実用化が近づいています。2030年には「運転手」という職業が消えるという予想もあります。このような変化の激しい時代には、特定の技術よりも、新しい技術を学ぶ力が重要です。
勉強の目的はここにあります。萌学舎は、教師と生徒が長い時間をかけて関係を築いていく塾です。私たちにとって、生徒が自ら勉強するようになることは、とても重要なことです。大人になったときに自分を操縦してくれる人はいません。車に笑われないように、人間もがんばりましょう。

2015年1月

人類で初めて月面に立ったニール・アームストロング船長は、当時38歳でした。現在、人間を火星へ送る計画が、2030年代後半を目指して進められています。
そのとき、人類で初めて地球外の惑星に立つことになる人物は、今およそ15歳。その子は、自分の将来など何一つ想像することなく、今ごろ、ぼんやりと窓の外をながめているかもしれません。
人は可能性のかたまりです。子どもたちの日々の小さな一歩が、未来の大きな飛躍へとつながっていく。その力になってやりたいと思います。

2014年3月

ドラえもんに「のび太君は人の幸せを願い、人の不幸を悲しむことのできる人だ。それがいちばん人間にとってだいじなことなんだからね。」というセリフが出てきます。本当にそうだと思います。世の中の幸・不幸の多くは、なかなか他人には分かってもらえないものです。受験にも、同じく厳しさと喜びがあります。だからこそ、勉強の大変さを分かちあえる友人たち、教師たちの存在が大きな助けになります。生徒にとって、萌学舎が、そういう大切な場所になってほしいと思います。

2013年3月

「卵の殻を自ら割れば鳥になるが、他人が割れば目玉焼きにしかならない」という言葉があります。卵からかえるとき、ヒヨコは自分一人の力で殻を破って生まれてきます。ですから、親鳥の仕事は殻を割ることではありません。卵が育つまで、じっとあたため続けることです。抱卵は、卵の温度が2℃低下するだけでも失敗となる地道で困難な作業。子育てというのは、どこの世界でも大変です。本当の学力というヒヨコをかえすために、私達の熱意が少しでも助けになればと思います。

2012年2月

私の好きな言葉に、”Happiness is the best revenge.”があります。幸福は最高の復讐。憎いあいつには笑顔の自分を見せてやれ。この言葉の魅力は、対人関係という自分の外の問題を、自分自身の問題へと逆転させている点です。現実を「自分の問題」として引き受けること。それは単なる忍耐ではなく、人生を自分でつくる喜びなのです。受験は、子供たちにとって人生最初の「自分の問題」です。汗も涙も流れます。そのつらい日々に、合格の笑顔で復讐しましょう。一人でも多くの生徒に笑顔を。私が引き受けます。

2011年1月

本気で生きる人は、ときに自分の無力を痛感します。でも、それはみな同じです。バスケの神様マイケル・ジョーダンは言いました。「今までに9000ショット外した。300試合に負けた。俺は失敗してきた。何度も、何度も、何度も。――それが、俺が成功した理由」 勉強も同じ。大事なのは、たくさん間違えること。「よく犬なんかでいられるね」そう言われてスヌーピーは答えます。「配られたカードで勝負するしかないのさ。それが、なんであれ」 勝負にいきましょう。間違いは、私たちが勇気に変えます。

2010年3月

「早生まれ」は損なのでしょうか? プロ野球やサッカーでは、4~6月生まれの選手が1~3月生まれの2倍以上もいます。ところが、陸上やゴルフなどの個人競技では差が見られません。これは、団体競技では早くからレギュラーとそれ以外を分けるため、練習量に差が出るからだと言われています。重要なのは、始めたときの能力差ではなく、その後の練習量の差なのです。勉強も同じです。一回の授業、そのわずかな勉強量の差が子供の未来を変える可能性がある。そういう責任と覚悟、そして夢をもって教えたいと思います。

2010年2月

つい5年前、「大学生が就職したい企業」の1位だったのは、先日倒産したJALでした。変化の時代。生き方が問われています。オセロの強い人は、序盤・中盤は自分の石の数を増やそうとはせず、相手の石の内側に入り、自分の「打てる手の数」を増やすことに専念します。大事なのは自分の可能性を増やすこと。つまり、学ぶこと。私は子供たちに、「勉強」よりも「勉強のしかた」を伝えたいと思います。そして、変わろうとする子供たちを応援し、ともに成長したいと思います。

2009年3月

今年2月、村上春樹さんがエルサレムで行ったスピーチにこんな言葉がありました。「高く固い『壁』と、そこにぶつかる『卵』があるとき、私はいつも卵の側に立つ」。壁とは「システム」のこと、壊れやすい卵とは私たち一人ひとりの人間のことです。人はその人生の中で様々な壁にぶつかります。子供たちの目にその壁はいっそう高く冷たく見えるでしょう。しかし、どんなに壁が正しくとも、私は卵のそばにいる。春樹さんはそう言いました。私も、常に生徒の側に立ちます。

2007年11月

「我々が人生の意味を問うのではない。むしろ、人生が我々に生きる意味を問うているのだ」 心理学者フランクルの言葉です。人生のどの瞬間にも意味がある。あなたを待っている何かがある。人は人生からの問いに答えを出す責任がある。この「答え」とは、何かに到達することではなく、答えを求めて本気で生きることだと私は思います。答えを求め続ける力。生徒たちにその力を与えること。それが自分の人生の答えだ。そう思っています。

2007年1月

本当に大事なものは、だれかからもらわなければ手に入らない。きっと、そんなふうにこの世界は作られています。私にとって、「笑顔」がそういうものです。「笑む」という言葉は、古くは「咲む」とも書き、「花が咲くこと」「実が熟してわれること」などの意味をもっていました。私の仕事は、笑顔をつくることです。春。心に残る笑顔は、私の勇気そのものです。今年もまた、たくさんの笑顔に出会いたいと思います。

2004年6月

地平線までの距離は何kmでしょうか。中学3年で習う三平方の定理と電卓があれば簡単に計算できます。身長160cmの人で、約4.5kmです。意外に近いですね。一見はるか先に見えるものでも、実はすぐそばにあるのです。ですが、地平線そのものに到着することはありません。完全な結論なんてどこにもないのです。そして、人はまた歩き始めます。私は、そのとき、生徒のとなりをいっしょに歩いてやれる、そんな教師でいたいと思います。

2003年03月

春惜む命惜むに異らず(虚子)。二度と戻らぬ日々を惜しむのに、春はふさわしい季節です。実は塾の授業も春に似ています。科学の本質は再現可能性(同じ行為が同じ結果を保証すること)です。プロ教師として、いつでも誰にでも効果のある科学的な勉強法の確立を目指すのは当然です。が、授業は科学ではありません。同じ授業は二度となく、成功した教え方も別の生徒には通用しない。同じ桜は二度咲かないのです。過ぎ行く春を惜しむのは、春が輝きに満ちているからです。塾の授業も同じです。毎日の一度きりの出会いを大切にして努力を続けます。

入部 岳久 Iribe Takehisa

プロフィール

<出身地>
埼玉県和光市出身
<出身校>
和光市立和光第二中学校
→ 私立城北高校
→ 青山学院国際政治経済学部卒

講師の言葉

勉強はまぁまぁできるが、不真面目、かわいくない。もう少し具体的に言うと、テストの点は良いが通知表の成績が悪い。
私は中学校に通っていたころ、そんな子供でした。

しかし、すべての教科において常にそのような態度で臨んでいたわけではありませんでした。担当の先生に対して「人間として尊敬できる」あるいは「とても頭が良くて一生かかってもかなわない」と感じていた教科には、一生懸命に取り組んでいました。そういう先生に対する尊敬の気持ちは今も変わりませんし、感謝もしています。
今、私は当時とは逆に教師という立場にあります。そして生徒のやる気が、教える側の人間に大きく影響されるということを知っています。生徒の「理解したい」という気持ちに応えられるような授業を心掛けるのはもちろん、その前提として、生徒一人一人と接することによって良い影響を与える一個の人間でありたい、そう思っています。

過去の講師からのメッセージ

萌学舎が今までに配布した折り込みチラシに掲載した講師の言葉を載せています。

2016年2月

また新しい1年が始まります。ひとつ学年が上がり、どの生徒も新鮮な気持ちで授業に臨んでいるように見えます。新入生たちも、これからがんばろう、という雰囲気で一生懸命に取り組んでいます。私は、そういう生徒たちに「勉強をする」とはどういうことか、その意味と方法を教えたいと思っています。卒業していく生徒たちが、萌学舎をもはや必要とせず、在塾中に学んだことを生かして、それぞれの進路をしっかりと歩んでいけること。それが教師としての私の理想です。

2015年2月

“人間はひとくきの葦にすぎない。自然の中で最も弱いものである。だがそれは考える葦である” 有名な言葉ですが、これで終わりではありません。続く文章でパスカルは、考えることの大切さを教えてくれます。なぜ私たちは考えなければならないか、それは“我々の尊厳のすべては、考えることの中にある”からであり、人間の精神には“考えることによって、私が宇宙をつつむ”と言えるほどの広がりと可能性があるからです。生徒たちが受験勉強を通して身につけた考える力が、その後も無意識のうちに彼らの役に立ち、彼女たちを支えると信じて、今できる限りのことをします。

2014年2月

私は中高生の頃、勉強に対して努力するなどあり得ないことだと考えていました。しかしこの仕事に就き、真面目にがんばる生徒たちに、努力することの素晴らしさを日々教えられています。そんな生徒たちのために、1年間私も力を尽くしてきました。3月、無事に進学先を決めた笑顔の卒業生の姿が心嬉しいと同時に、寂しい季節でもあります。この寂しさは、自分が全身全霊を傾けて生徒と向き合ってきたからこそ感じるものだと思います。来年もまた、同じ気持ちでこの時期を迎えられるように、今年も精一杯やります。

2016年2月

エジソンの『天才は1%のひらめきと99%の努力である』という名言は、努力の大切さを説くためによく使われますが、「いくら努力をしてもひらめきがなければ無駄」という解釈もあるそうです。我々大多数の人間は天才ではないので、どのみち関係ありませんが。 先日読んだ本に同じくエジソンの言葉が引用されていました。『失敗などしていない。うまくいかない方法を1000通り発見しただけだ』。これは私たちにも有用な心構えです。解けなかった経験も、問題解決のための土台になる。それを生徒に理解させたいと思っています。

2015年2月

デンマークの高校卒業試験(日本の大学入試に相当)では、辞書や参考書の持ち込みに加えて、インターネットでの検索も許可されているそうです。試験で見極めたいのは、記憶力ではなく思考力だというわけです。日本の中高入試でも、思考力を問う問題・記述式の解答を求められる問題が増えているように思います。しかしまた、暗記も大切です。暗記したことは考える材料になりますし、逆に考えるから覚えられるという面もあります。どちらか一方に偏らないような指導を心がけています。

2014年2月

私は授業の合間の時間などに生徒とよく話をします。生徒とコミュニケーションをとることも仕事の内だという考え方もありますが、それよりも、生徒といろいろな話をするのが好きだからそうしています。ひとりひとりがそれぞれの考え方を持っていて、「そういう考え方や感じ方があるのか」という発見をさせてくれます。教師は様々なことを教える立場にありますが、私自身、人としてまだまだ未熟で、生徒と接することによって逆に教えられることも多くあります。そういう人間同士の関わりを持てる環境にいることを幸せに感じています。

2013年2月

『一番いけないのは自分なんかダメだと思いこむことだよ』「やってもどうせできない」そう思ってしまって勉強に身が入らないことがあるかもしれません。もちろん世の中には努力してもそのすべてが無駄になるという物事も多く存在します。しかし勉強に関しては、やった分だけ結果が出ます。勉強の他にも、生徒たちの周囲には努力する価値のあることがたくさんあるはずです。子どもたちには未来があり、未来にはあらゆる可能性があります。冒頭の引用、未来から来たドラえもんの言葉がピッタリです。

2012年2月

以前は、すべての生徒に対して全く同じ接し方をするという機械的な意味で公平な教師でありたいと思っていました。しかし実際には、生徒はみなオリジナルな人間です。負けず嫌いでやる気が前面に出る生徒、競争心を内に秘めて黙々とがんばる生徒、穏やかで繊細な心を持っている生徒。色々な生徒がいます。生徒によって接し方が違う場面があっても、ひとりひとりをきちんと見て良い関係を築ける人間でありたい、そしてそれが本当の意味での公平さなのだと、今は思っています。

2012年2月

世界を様々な角度から眺めることで色々な解釈をすること。多様な価値観のあることを知り、それを受け入れること。中高生の頃はまったくできませんでしたが、私が今できるだけ心がけたいと思っていることです。生徒たちは皆、自分自身の考えを持っています。私の信じていることをただ押し付けるのではなく、生徒それぞれの良いところを見つけ、その価値観を認めてやれる人間でありたいです。そして、教えている勉強が受験に役立つだけでなく、現在及び将来生徒たちが様々なことを考える際の礎になれば幸いです。

2011年2月

生きるということは判断・選択の連続です。どの学校に進学するかというのももちろんそのうちのひとつですが、たとえば、今この時間に何をするのか、というような細かい判断もすべて今後の人生を決める要素です。本を読むのなら何を読むのか、音楽を聴くのなら何を聴くのか、という更に細かい選択も同様にその人の世界の形成に関わってきます。今この瞬間の大切さ、後から悔やむことのないように自分の行いを決める覚悟(自主性と言い換えてもよいかもしれません)を持つことの意義。勉強とともに、そういうことも教えていければと思います。

2011年2月

「素人は技術的には未熟でも、心のこもった演奏をして聴衆を感動させる。そこで私たちプロは気をつけなければならない。技術を磨くのに忙しくて心を忘れがちになる」。がんを克服した小澤征爾さんの言葉です。世界的な名指揮者の技術をもってしてもそれだけではダメ。あるいはそのことを意識しているから名指揮者なのかもしれません。私自身は凡才ですが、少なくとも「心」を忘れずに生徒と接していかなければならないと、改めて思います。

2010年2月

人はそれぞれ、自分自身のうちに、「経験したもののすべてから構成されたひとつの世界」を持っています。萌学舎で過ごしたひととき、また進学した中学・高校で過ごす数年間は、間違いなく生徒たちの世界を形づくる要素になっていくはずです。日々の授業の中で、必要な知識を与え、思考力を養い、ときには授業時間外に勉強以外の話をしていくなかで、生徒ひとりひとりが、より良い世界を生きていく手助けができれば嬉しく思います。

加藤 国夫 Kato Kunio

プロフィール

<出身地>
埼玉県南埼玉郡宮代町出身

<出身校>
埼玉県宮代町立百間中学校
→ 県立春日部高校
→ 埼玉大学教養学部卒

講師の言葉

「頑張ればできる」とか「夢は必ず実現する」とか、人間の可能性を信じて疑わない言葉の数々があります。こんなことを言うと、「人には能力の差がある」「頑張ってもできないことがある」「夢ばかり追っているな」という声が聞こえてきそうですね。たしかに、一人の人間の肉体には限界があるのだから、「頑張ればできる」などというのは無責任なのかもしれません。でも、「どうせ、俺にはできないよ」と自分の能力を決め付けてしまうのも、人間として成長する機会を失うので悲しすぎます。

混沌とした世界の中では、人間は不安に駆られてしまって生きにくいものです。そこで、いろいろとレッテルを貼り付けて安心しようとします。たとえば、人間関係において、「あの人はああいう人だから」とか「私はこういう人間なんだ」とか、人を固定的にとらえると気持ちが落ち着いてきて、行動しやすいでしょう。でも、人間って、そんなに固定的なものでしょうか。日々移ろっていく存在なのではないでしょうか。昨日の自分と今日の自分、一年前の自分と今日の自分、十年前の自分と今日の自分、…と比較していけば、もう明らかです。人間とはいかに流動的であるか。そんな人間が織り成す世界だからこそ、刺激があって面白いのです。それをあまりに固定的にとらえてしまうのは、つまらな過ぎます。

私にも苦い経験があります。人にレッテルを貼ることで、あるいは、人からレッテルを貼られることで、お互いに成長することなく人間関係が発展しなかったことが。また、自分で自分にレッテルを貼ることで自分の可能性を閉ざしてしまったことが。

一人の人間は確かに有限です。しかし、それでもなお、壁を打ち破ろうとして無限に努力を続けること。これが人間らしい生き方ではないでしょうか。こんなことを考えながら、日々子どもたちと向き合っています。

過去の講師からのメッセージ

萌学舎が今までに配布した折り込みチラシに掲載した講師の言葉を載せています。

2016年3月

走るのは私の趣味の一つ。まあ、傍からみればほとんど歩いているように見えますが。そんな私もときどき20㎞ほどのレースに出ます。ふだん一人ではつらくてそんな長距離、走れません。でも、レースでは集団の波にのって走れてしまいます。孤独な営みなのだけれども他者に助けられる。学年末テスト直前の日曜日、萌学舎の中学生たちは8時間(2時間毎に休憩)勉強しました。一人、自宅でそんなに勉強しようと思っても出来ません。「アイツも頑張っているから自分も」と思える集団の力だと思います。萌学舎にはそういう仲間がいます。今年も最後まで子供たちに伴走します。

2015年3月

つい先日入試が終わりました。そしてまた来年の入試に向けて始まります。いつもこの時期に思うこと、それは時間の流れのはやさです。あっという間でした。今年卒業の受験生たちの顔を思い浮かべ、一年前はああだったとかこうだったとか感慨にふけっていると、ふと気がついた。時間は「流れる」ものではなく「染み込む」ものではないか。一年前は幼かった(ゆるんでいた?)生徒たちの顔立ちが受験勉強を通して引き締まってきた、充実した時間がその顔に染み込んでいくかのように。今年も一人ひとりの時間に出来る限り寄り添いたいと思います。

2015年1月

昨年思うところがあって本格的に走り始めました。毎日30~60分、ゆっくり走る。身体が温まってくるにつれ、身体に纏わりついていた疲れが剥がれ落ちていく。習慣になると多少天気が悪くても走る。習慣の力は偉大だ。努力によって得られる習慣だけが善である、と誰かが言っていた。英単語や漢字を覚える、計算練習といった勉強は地味で面倒くさいかもしれない。でも努力によって習慣化できれば続けられる。そういう日々の積み重ねが人生の行方を定める。そんなことを伝えられればと思っています。

2014年3月

新学期を迎え生徒たちは生き生きとしています。とくに新受験生たちはそう。1年後には進路先が決定している。どういう未来になるかは今の自分しだいで変わるかもしれない、よし、頑張ろう!という意気込みが感じられます。今年もまた始まります。しかし順調なときばかりではありません。進路先で悩むこともある。そんなとき安心して相談してもらえる存在でありたいと思います。そのときに私が心がけることは一つ。「どうすることがその子のためになるか」それだけです。

2014年1月

みなさんは思い通りに顔の表情をつくれるでしょうか。笑顔をつくって写真を撮ってもらっても、その写真をみてみると全く笑顔になっていない。私たちは顔の皮膚の内側から働きかけるわけだけれど、少しの働きかけでは自分の思い通りの表情になかなかなりません。内側から強く思わなければ外界には届かないということ。思考は現実化する。ただし、強く思わなければならない。子どもたちとともに私も強く思い続けたいと考えています。

2013年3月

スポーツや演劇でプロが何気なくこなしている動作を自分でやってみようとすると、これが難しくてなかなか出来ません。自分の身体なのだけれど自分自身でうまくコントロールできないのです。何事も思い通りにやるためには反復が必要です。しかし人間は機械ではないので「これだけやれば必ずああなる」というわけではありません。諦めかけたときに予想以上の進歩を遂げることもあります。一律に決められるものではありません。今年も私は試行錯誤を重ねていきたいと思います。

2013年1月

空腹を感じてもコンビニに行けばいつでも何でもある。退屈しても娯楽は至るところにある。すぐに欲望が満たされてしまう、そんな便利な社会に私たちは生きています。だから思い通りにならないことがあるとすぐに苛立ちを感じやすくなっているかもしれません。でも広く世界を見渡せば人間の思い通りにならないことばかり。それでもなお、よりよくしていこうと努力することが人間らしい行為ではないでしょうか。そういう努力を子どもたちといっしょに続けていきたいと思っています。

2011年3月

小林秀雄といえば、以前は入試によく出る評論家として知られていました。いま、その講演をCDで聴くことができます。その中で彼は怒っている(ように聞こえます)。「『わかる』ということと『苦労する』ということは同じ意味なんです」と。何でもすぐにわかりたがろうとするのは現代の病だと嘆いています。「もっと苦労しろ」と亡くなった「おじいちゃん」から叱られているような気がしました。人間は複雑です。そう簡単にわかるものではありません。肝に銘じて精進していきます。

2010年3月

映画『インビクタス/負けざる者たち』の中で、27年間投獄されていたマンデラ大統領は、ある詩が心の支えとなったと語ります。「門がいかに狭かろうと いかなる罰に苦しめられようと 私は我が運命の支配者 我が魂の指揮官なのだ」物事がうまくいかないとき、人はつい自分の外に原因を求めたがります。しかし、環境をどう受け止めるかで、その人の運命が変わることもあるのではないでしょうか。諦めない。そうすれば道は開かれる。そんな心の支えとなる言葉をこどもたちにかけていきたいと思います。

2010年1月

席替えをすると同じ教室なのに周りの見え方がそれまでと違ってきます。位置が少し違うだけなのに。ことほどさように同じものでも視点が違うと見え方が変わります。人間はどうしても自分中心に考えがちなので、この自分が「ほんとうの世界」を見ている気になってしまいます。これは私が自分自身に対して戒めていることです。ものごとを固定的な視点でみないこと。生徒の視点と親の視点の間を行きつ戻りつして生徒の生き方を応援していくこと。教師の務めもこれではないかと思っています。

2009年1月

現代人は視覚にだけ頼りすぎているようなところがありますが、身体を通さなければ何事も自分のものにはなりません。英単語ひとつ暗記するにしても目で見ているだけではダメです。何度も手を使い書いたり声に出したりする必要があります。一度自分の身体を潜らせないと自分の血肉にはならないのです。それでは、そこまでのことをさせる原動力はどこから沸いてくるのか。身体のどこかに、人を向上させる原動力の「鉱脈」が眠っているのではないでしょうか。その「鉱脈」に働きかけるのが教師の務めではないかと思っています。

2007年3月

桜の季節が訪れると、いつも気持ちが改まります。生徒たちも学年が上がると、着慣れない服を着ているような気持ちを抱くのではないですか。さあ、この新鮮な気持ちのときに目標を立てよう。毎日この科目をこれだけは勉強するといったような具体的で実現可能なものがいいでしょう。そして、それを必ず実行すること。いまの気持ちはいずれ変わってしまいます。だからこそ、不安定な気持ちに左右されることのない習慣をつけること。この毎日の積み重ねが人生の行方を定めるのです。

芳野 友規 Yoshino Yuki

プロフィール

<出身地>
埼玉県

<出身校>
朝霞市立第四中学校
→ 県立川越高校
→ 東京工業大学工学部卒

講師の言葉

学校の勉強を熱心にする方がしないよりもいいことだとか、テストで高い点数を取る人の方が低い点数を取る人よりも優秀な人間であるとは全く感じていません。私の身近にいる親しい人々も、学歴はまちまちであり、各々異なった方法で生活していますが、お互いを尊重しあって仲良く付き合っています。

学ぶことは、人間にとって根源的な活動です。それは自分にとっての先入観を形成する精神的な活動であり、その先入観を越えて人間は考え、行動することができないからです。

学ぶことは学校の勉強だけではありません。我々は問題集に向き合っていない時間でも常に自らの先入観を更新し続けているのです。他人との会話であったり、遊びであったりも全部自らの学びの内という訳です。なんだって学びじゃないかと言われれば、その通りだと思います。

文明人として生まれ生きていく以上、人間や社会や自然について学ぶことは避けようがありません。我々の生きる世界には自分も含めた幾多の人々の思惑や自然の力が働いているのですから、学ぶことを放棄するということは、自分の人生の主権を放棄することになります。言ってみれば、目隠しをしたまま、他人の「前!」とか「右!」とか「そこだ!」とかいう無数のランダムな忠告を頼りにしてスイカ割りをしようと試みるようなものです。

学ぶことは面白い。今までわからなかったことが解り、見えなかったことが見えてくると、自分自身が変化しているのを感じることが出来ます。

塾講師として生徒の皆さんに学校の勉強や受験勉強をお教えしながら、私自身もまた、書物や実務から教育について日々学んでおります。とはいえ、自ら親となり子供を育てるまではいつまでも半人前だろうと思っています。

生徒の皆さんと過ごす時間がお互いにとって意義深く、印象深いものになれば幸いです。

國吉 真人 Kuniyoshi Masato

プロフィール

<出身地>
埼玉県入間市

<出身校>
入間市立向原中学校
→ 私立西武学園文理高校
→ 立教大学文学部卒

講師の言葉

「学校の勉強は、本当に若い貴重な時間を費やすべきものなのか?」
「人生には、もっと大事なものがあるのではないか?」
子供のころ、そのように考えていたことがありました。そう考えながらも、しぶしぶ勉強していた覚えがあります。

社会人になってから、様々な業界で、時には会社員として、時には個人事業主として、多くの人・多くの仕事に触れました。その中で、次第に考えが変わっていきました。

「学校の勉強、やってよかった。おかげで、人生を切り拓けた」
そう思うに至ったのです。

数学的なものの考え方、数字への感覚は、主体的にお金を稼いでいく上で不可欠です。ほかで良い面があっても、数字に弱いせいで、事業に失敗していった人がいました。反対に、ある程度数字に強いだけで、頼られる場面がいくつもありました。
人に伝わる文章を書けるか書けないかで、仕事の結果が大きく変わる場面を何度も目にしました。
英語を構造的に解釈する、という経験は、プログラミングを覚える土台となってくれましたし、半年間アジアを放浪するという経験ができたのも、海外旅行で困らないくらいの英語力があったからです。

勉強よりも大切なことは、世の中に山ほどあります。
しかし、限りあるチャンスを活かし、その大切なことにどれだけ触れられるかは、その人がどれだけ学んできたか、学ぶ力を身に着けているかで左右されます。
これからの子供たちが生きていくのは、答えのない世界。誰も「これが正解だ」と教えてくれず、自分自身で正解を決めていくしかない世界です。
自分の力で答えにたどり着く訓練ができ、様々な角度から脳を成長させてくれる勉強は、生きていくうえで、とても、とても大事なのです。

勉強の目的は、人生を切り拓く武器を得ること。「こう生きてみたい」と考えるであろう、未来の自分を助けること。
学校のこと、部活のこと、そして塾。両立は大変です。でも、大変な努力の積み重ねの果てには、素晴らしい景色を掴むチャンスが待っています。

さあ、一緒に勉強しましょう。

下山 征広 Shimoyama Yukihiro

プロフィール

<出身地>
埼玉県飯能市

<出身校>
飯能市立飯能第一中学校
→県立所沢高校
→早稲田大学商学部卒

講師の言葉

私は小学生のとき、劣等生でした。テストの前に勉強するのはひきょうだなんぞと考えていたふしがあり、毎日犬を友に川原を走りまわっていました(おかげで足だけは丈夫になり、後に陸上競技で県体にも出場しました)。しかし、中学に入るとさすがに知恵がつき、これではまずいと思ったのでしょう。はじめて学習計画を立て勉強するようになりました。そして1学期の通知表。生まれて初めて5をとりました。うれしかった。体育だったけど。しかし、自信ほど恐ろしいものはありません。純粋無垢だった私は自分は頭がいいと思い込んでしまったのです。その後、主要科目はほとんど5をとるようになってしまいました。

子供たちは皆、今の自分をもっと良くしたいという向上心を秘めています。自信を持つことで大きく伸びる可能性を持っています。私はその可能性を引き出すことが教師の仕事だと思っています。

私がこの仕事を始めたのは学生時代です。20代はある国家試験をめざし、生活のために塾教師をしていました。その後、受験を断念し考えた末にこの仕事を続けることにしました。今はこの道を選んで本当に良かったと思っています。私は合格の喜びも知っていますが、挫折や失敗もたくさん経験しています。でも、失敗からしか学べないこともあります。子供たちに伝えたいことが山ほどあります。続きは教室で話します。

過去の講師からのメッセージ

萌学舎が今までに配布した折り込みチラシに掲載した講師の言葉を載せています。

2016年3月

萌学舎には能力はありながら、伸び悩んでいる生徒がしばしば入ってきます。A君もそのひとりでした。お母様曰く、「やんちゃで、態度が悪い。萌学舎は厳しいので行きたくないと言っているが、鍛えなおしてほしい」とのことでした。実際に授業をしてみると、馬があったのか、萌学舎を気に入ってくれて、成績はメキメキ伸びました。北辰テストの5科偏差値は10ポイント、内申点は8ポイント上がりました。私達は、生徒を指導する胆力・技量においてはどこにも負けないと自負しています。今年も本気で生徒とかかわっていきます。

2015年2月

萌学舎は今年創立16年目を迎えました。生徒のほとんどは卒業生や在校生の口コミで入って来ます。私たちも期待に応えるために様々な努力を重ねています。各教師が工夫を重ねたオリジナルプリント。時間外補習。受験情報もどこにも負けないつもりです。そして、何よりも熱い思い。生徒のやる気を引き出すのは教師の熱い思いです。引き受けた子供たちに精一杯の力を注ぎ、可能性を引き出す。それが私たちの仕事です。

2014年2月

年に何回か生徒と気持がぴったりと寄り添い、良い授業だったと思える日があります。先日の中1の授業がそうでした。学力を伸ばすのは簡単ではありません。なかなか勉強する習慣がつかない、同じ間違いを繰り返す。時には烈火のごとく叱ります。そんな中でこの間の授業では、みんながんばってるな、良くなったなと感じました。苦労が大きいほど、こんな時の喜びはひとしおです。真剣に向き合えば生徒は必ず応えてくれる。今年も全力で取り組みます。

2013年2月

長年この仕事をやってきて授業は闘いだとつくづく思います。武器は情熱と根気。戦う相手は自分です。今日はよく勉強してきている。がんばっているな。良かった。と、思った翌日に、また同じ間違いをしている。復習していない。自分の指導力が足りないのではないかと反省する。気合を入れなおしてがんばる。数カ月するとあんなに出来なかった子が明らかに伸びている。…生徒を教えるのにマニュアルは役に立ちません。生徒と向き合い、何とかこの子を伸ばそうとあがく。それが自分の仕事だと思っています。

2012年2月

映画「オールウェイズ三丁目の夕日」がヒットし、貧しいながらも日本人が希望に燃えていた「昭和」がクローズアップされています。サラリーマンも自営業者もみんなが未来を夢見てそれぞれの立場で仕事に燃えていた時代。だからこそ社会に活気があったのでしょう。塾は日本の未来を創る子供たちを預かる仕事です。子供は大人を見て育ちます。人生の先輩として子供たちと本気で向き合い、熱い大人の姿を見せたいと思っています。

2011年3月

この時期になると卒業生が大学合格の知らせにやってきます。うれしい知らせです。「一期一会(いちごいちえ)」という言葉があります。出会いを大切にし、出会った相手に誠意を尽くすという意味で使われます。毎年入れ替わりに入塾してくる子供たちとの出会いはまさにそうした感じがします。小中学生の子供たちが身近に接する大人はそんなに多くはないでしょう。子供たちの成長に少なからぬ影響を与えるおとなの一人として、常にまっとうな大人でありたいと思っています。今年も全力でがんばります。

2011年2月

萌学舎で最初に教えることは、来た時と帰る時のあいさつです。授業中も肘をついたり、ダラッとしたりせずきちんとした姿勢で授業に取り組むことの大切さを教えます。まず学習する心構えをつくることが学力を伸ばす第一歩だと考えるからです。私たち教師も常に自らを戒めていることがあります。惰性に流されていないか。生徒をちゃんと見ているか。自らを高める努力を怠っていないか。知識を教えることと、生徒を伸ばすことはまったく別です。教師も一生勉強です。

2011年2月

クラス授業の良い点は、クラス全体の雰囲気を勉強モードにし、お互いに切磋琢磨させることで一人ひとりのやる気を引き出せるところです。しかし、人との相性があるように、中にはやりにくいクラスもあります。そんな時でも、気を充実させ、一人ひとりの生徒に目を配り、良い点を誉め,丁寧に取り組むと不思議といい雰囲気になっていきます。心身ともに充実していなければ良い授業はできません。教師は肉体労働です。今年は体力向上に努めます。

2008年3月

数十年前、大学に入ったその年に塾のアルバイトを始めました。年齢の近い子供たちとの授業が楽しく夢中だった二十代、自信をつけ自分こそトップ講師だとうぬぼれていた三十代を経て、今は生身の人間と対峙するこの仕事の難しさを痛感しながらも、だからこそ奥が深く、やりがいのある仕事だと感じています。どんな仕事でも同じかもしれませんが、塾教師の資質の99%は人間性です。人間を磨くのに終わりなどあろうはずもありません。今年も全力でがんばります。

2008年2月

昨年は大手企業による虚偽表示が相次ぎました。企業が理念を捨て利益の追求に走った時、その存在価値はなくなると私は考えます。存在価値のないものは早晩消えていくでしょう。消費者が求めるのは企業の発展ではなく、より良いサービスです。萌学舎は全授業料、全教師、全合格実績を公開しています。Honesty is the best policy. (正直は最上の策)という諺があります。より良い塾を求めるご父母に愚直に応えていくことが、結局は自分達の身の丈にあった繁栄にもつながると考えます。私達は今年も一教場に全力を注ぎます。必要とされる存在であり続けるために。

2007年3月

「萌学舎の先生達は本気で子供とぶつかってくれた。だから、うちの子は萌学舎が好きで、思いもかけない伸び方をした。」ご父母に心からの言葉をもらうと、こちらもありがたくてありがたくて、先生に誉められた生徒はきっとこんな心持ちなのか知らんなどと思います。受験を通して、悪戦苦闘をしながら必死で子供を育てているご父母の手助けができたら、萌学舎の存在価値はあるかもしれません。今年も全力でぶつかります。

2007年1月

今年もまた、受験シーズンがやって来ました。全力で教えた生徒達が巣立っていきます。合格させて当たりまえなのがこの仕事です。しかし、全員が第一志望に合格するわけではありません。ただ、本気でぶつかったことは結果にかかわらず必ずその後の人生にプラスになると私は信じています。ガチンコ勝負である受験の成否は結局は神様にしかわかりません。本気で勉強に向かう姿勢とここ一番に強い心を育てること。これが私の仕事です。

2006年3月

「厳しく・楽しく・根気よく」これが萌学舎のスローガンです。きちんとあいさつができること、授業中の姿勢がちゃんとしていること、宿題等のやるべきことをやってくること。こうした点は萌学舎の教師は厳しく指導します。しかし、授業中は子供達の好奇心を刺激し、がんばっている生徒はおおいに誉め、やる気を引き出す楽しい指導をします。そして、学力は一朝一夕につくものではなく繰り返しによってのみ定着してゆくことを肝に銘じ、ていねいに根気よく子供達を導きます。

2006年2月

萌学舎の生徒はよくあいさつをします。気持ちのいい生徒ばかりです。ある保護者は入塾の相談に萌学舎の玄関に入ったとき塾の雰囲気が気に入って入塾させることを決めたそうです。また、子供が受験勉強で疲れていても萌学舎に行くと元気になって帰ってくるとおっしゃる保護者もいます。知識を詰め込むだけでは学力は伸びません。子供たちのやる気を引き出し、子供たちが生き生きと学んでこそ思いもかけない伸びを見せてくれます。そんな塾であり続けたいと思います。

2006年2月

丸暗記。あまり見栄えのいい言葉ではありません。しかし、最近の脳研究では丸暗記が脳の様々な部分の活動を促し、ネットワークを形成させていくことがわかっています。語学学習の初期においてはこの丸暗記が非常に重要です。暗記力は鍛えることで発達します。私は中学1年生の英語を担当します。1年生の英語は簡単そうですが、これほど初期の取り組みが重要な科目はありません。去年、4月から在籍した萌学舎の中1生19人中16人が1学期の通知表の英語が5でした。ぜひ早い時期からの入学をお勧めします。

2005年8月

この仕事に就いて二十数年が経ち、知識や教え方についてはそれなりの自負心を持つようになりました。しかし、それと同時に生徒を伸ばすのはその心をつかめるかどうかにかかっているという思いはさらに強くなっています。子供たちは一人ひとり違います。マニュアルは通用しません。必要なものは洞察力、忍耐力、包容力…一生をかけて培わねばならないものばかりです。生徒を教えながら、生徒に教えられる。毎日が真剣勝負です。

2005年3月

入試は人生に少なからぬ影響を持つガチンコ勝負です。しかも、ほとんどの生徒にとっては初めての。目標が高いほど突破した時の喜びは天にも昇る気持ちでしょう。生徒の合格体験記を読むとそんな気持ちが伝わってきます。自力でつかんだ合格は大きな自信となり、百万編の言葉よりも人を成長させることでしょう。いろいろな職業があるけれどこんな気持ちを共有し、自分も役に立っていることを実感できるこの仕事が大好きです。

2004年3月

入試を終え、改めて思うのは、我々の仕事は知識の詰め込みではない、目的意識を持たせ本気で学習に取り組む姿勢を創ることに尽きるということです。受験は悲喜こもごもです。第一志望校に合格した生徒の笑顔と喜びはそのまま私達の喜びです。しかし、不首尾に終わる生徒もいます。自分達の未熟さを思い知ります。まだまだ改善の余地がある。進歩する余地がある。初心を忘れず今年こそ全員が笑顔で卒業できるよう全力で臨みます。

入塾をご検討の方へ

二週間の無料体験授業をしていただけます

萌学舎の生徒のほとんどは無料体験授業で該当するクラスの授業に参加してから、入塾を決定しています。商品を購入するのに、その中身がわからないまま買う人はいません。ぜひ、実際に授業を受け、納得なさってからお入り下さい。