お知らせ・コラム
AIの目、人間の目
中2数学が「証明」の単元に入りました。証明は自分の頭で徹底的に考える訓練です。今回はそれにちなんで、私の大学時代の、とある数学の授業の話をしたいと思います。
「なぜですか?」
大学にはゼミと呼ばれる、学生が勉強してきた内容を先生の前で説明するスタイルの授業があります。学生が先生に、先生が生徒になるわけです。
その日は初めてのゼミの日でした。先生役は私の友人です。彼は教授の前で教科書の1行目を読み上げました。
「○○となる△△を××と定義します」。
すると次の瞬間、いきなり教授の質問が飛んできたのです。
「なぜですか?」
私もふくめて、そこにいた学生全員が思考停止状態になりました。
いや「なぜ?」って、……そう書いてあるから、です?
教授が続けます。
「なぜそれで定義できてるんですか? まず○○となる△△は必ず存在するんですか? 存在するとして一つに決まりますか?」
ああ、そういうことか。我々は納得し、同時に愕然としました。そんなことまったく考えていなかったからです。
角の二等分線は存在するか?
中学生でも分かる話にしてみます。
中学1年生の12月ぐらいに「角の二等分線」を習います(下図)。

さて、あなたが友人に数学の問題を説明しています。「ここで角の二等分線を引くと……」。それに対して友人が聞くのです。
「なんで引けるの?」
「いや、まんなかに線引くだけだろ!?」
そう言いたくなるかもしれませんが、実は角の二等分線の存在証明はかなり大変なのです。
ざっくり言うと、
①合同条件の「2辺夾角相等」は正しいものとして認め(公理といいます)、
②「二等辺三角形の底角は等しい」ことを証明し(ただし証明に角の二等分線は使えません)、
③合同条件の「3辺相等」を証明し、
④最後に「角の二等分線の存在」を証明する
という手順が必要です。
存在しないものを定義して使うことはできません。
例えば「すべての数と等しい数」を「ジョニー数」と「定義」し、解答用紙を「ジョニー」でうめつくせば数学のテストは100点満点! なわけないですねー。
あのときの教授の「なぜ?」は「そういうことをちゃんと考えてきましたか?」という意味だったんですね。教科書の1行目から!
ちなみに友人は教授の質問にすぐ答えられず、教授もすぐ答えを言わず、友人は教壇の上で一人で10分以上答えを探し続けました。座って見ていただけの私でも胃が痛くなる時間でした。
東大数学科に意気揚々と進学してきた我々でしたが、初戦は完敗です。自分たちはちゃんと考えてはいなかった。それを教えてくれた授業でした。
AIの目
私はAI時代、ものごとを徹底的に考える姿勢はますます大事になると考えています。
今のAIは「次に来る確率が高いもの」を答えているだけで、自分がやっていることをちゃんと理解しているわけではありません。
例えば、AI生成された画像かどうかを見分けるポイントに、目の模様を見るというのがあります。人間の左右の眼球はほぼ同一形状で、普通は同じ方向を向いているため、瞳に映る反射光は左右の目で同じ形になります。だから人間の絵師は目はコピペで書くことが多いんですが、AIにとって「目」は単に「顔のまんなかへんにある2つの丸」なので、左右で微妙に異なる模様を書きます。それで十分に「目っぽい」からです。

この先、こういう「それっぽい答えで十分」という仕事は、どんどん「AIでいいじゃん」になっていくでしょう。
中学生に証明を教えていると、よくこんな会話になります。
「そこはなんで等しいの?」
「等しいからです」
「だからそれはなんで?」
「等しくないんですか?」
「いや等しいけどまだ証明してないでしょ」
「?」
「?」
「誰かえらい人が正しいと言ったこと」
「実際に正しいこと」
「自分の頭で考えて正しいと納得したこと」。
その区別が大切なんです。AIに飲みこまれないために。
人間の目
角の二等分線の存在証明は、紀元前3世紀、ユークリッドの『原論』という本にすでに登場します。
人類は数学を通じ2000年以上に渡って「ごまかさずに考える練習」をしてきました。

「正しさ」が変化していく時代こそ、何が本当に正しいかをとことん考え、自分が心から納得する生き方を選びましょう。
あのゼミを担当してくれた先生もずいぶん前に亡くなられ、授業の内容もほとんど忘れてしまいました。ただ、今でもときどき、「なぜですか?」と聞いてくる先生の目を、懐かしい緊張感とともに思い出します。
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