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『アンネの日記』アンネ・フランク

2022/05/12
本紹介
萌学舎 教師 加藤国夫のイメージ
萌学舎 教師 加藤国夫

ロシアのウクライナ侵略のニュースを日々聞きながら、ずっと『アンネの日記』を読んでいました。

「訳者あとがき」で深町眞理子氏が

つい最近も、ナチスによるユダヤ人大虐殺を扱った映画、『シンドラーのリスト』が評判になっているように、この問題はけっして過去のものではありません。いや、それどころか、アンネたちの悲劇のもととなった“異質なものへの不寛容„は、今日なお、世界の各地で新たな紛争をひきおこしています

と書いたのが1994年のこと。もう30年近く経ちますが、世界はますます混迷を深めています。

アンネ・フランクは1929年、ドイツのフランクフルトで裕福なドイツ系ユダヤ人家庭に生まれます。1929年は世界恐慌が始まった年です。1933年、迫害を逃れ一家はオランダのアムステルダムに移住。
1942年7月、SS(ナチス親衛隊)から姉マルゴーに呼び出し状が届いたのを機に一家は隠れ家生活に入ります。しかし、その生活は1944年8月4日、密告により連行され、終わります。その後、アンネは収容所でチフスにかかり15年の生涯を終えることになります。

『アンネの日記』はアンネが13歳から15歳にかけて書いたものです。その時々の悩みや、将来への夢・希望が描かれていて、彼女の精神的な成長が読み取れます。13歳から15歳という思春期、中学生の年頃です。

時代も場所も、文化的背景ももちろん違いますが、心が揺れ動く思春期は誰もが通過する時期です。外に出られない、身を隠さなければならない生活、想像すると絶望的になります。
新型コロナの流行で、外に出られない生活が2年ぐらい続きましたが、それでも嫌気がさしたくらいですからね。

隠れ家生活の終わりを知っている読者は、14歳の少女のこんな言葉に心を揺さぶられます。

わたしは世間の大多数の人たちのように、ただ無目的に、惰性で生きたくありません。周囲のみんなの役に立つ、あるいはみんなに喜びを与える存在でありたいのです。わたしの周囲にいながら、実際にはわたしを知らない人たちにたいしても。わたしの望みは、死んでからもなお生き続けること!

『アンネの日記』はいまだに多くの人々に読み継がれており、アンネは「日記」の中で、死んでからもなお生き続けています。

※ここで紹介された本は萌学舎文庫(自習室の本棚。2週間貸出)にあります。

萌学舎 教師 加藤国夫のイメージ
萌学舎 教師 加藤国夫

私はほぼ毎日走っています。身体を動かすと気持ちも前向きになります。生きていくうえで悩みはつきないもの。進路・勉強などの悩みは、面談でもよく話題になります。遠回りのようですが、何が自分にとって大切なのか、どういう人生をおくりたいのか、どういう人間になりたいのか、といった本質的なことを考えると自分の進むべき道が見えてくるかもしれません。そのような思考の補助線になるが読書だと思います。読書は人生というマラソンを走るうえで欠かせないものだといえます。

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